ダラ奥こしあんの家族大好き!

未就学児×2と姑とのギリギリな日々を綴ります。松江塾ファン。

息子と義母

昨日は確定申告の追い込みで、ほぼ家の事が出来ず夕飯に出前を取った。

普段買わない牛肉を久々に食べたくなり、私の独断で牛丼にしたのだが肉好きの娘と息子には大好評。

「ずいぶんと美味しいものを、お父ちゃんは外で、ひとりで食べてるんだね…」と息子がボソッと呟いたのを義母も私も見逃さず、翌日になったら夫と息子の間でどんな話があったのか聞いてみようという話になった。

息子は話す言葉が少し大人びているのに、三語短文になると、途端にたどたどしい言葉遣いになる。

息子が家庭で聞く会話といえば、①私と夫 ②私と義母 ③夫と義母、という事になるが、私も夫も狭く偏った業界で仕事をしているので日常会話が豊かになるような語彙は少ない。

となると、息子の語彙は義母の影響になるが、私や夫だけではなく息子は義母の話にもキチンと耳を傾けているのだなと思うと、胸にグッと来るものがある。

というのも、義母と息子はちょっと…いや、かなり距離があったからだ。

弾丸のような人

義母を何かに例えるなら鉄の女が相応しい。

寡婦で男の子ばかり3人を誰にも頼らず育て、またとある芸事の師範として何人もの弟子を立派に磨き上げた人なので、病気で倒れる前の義母は、気の弱い人なら側に寄るのも躊躇うようなオーラがあった。

何処かへ行けば必ず人が寄ってくるけど、周りの人に強烈な印象を残しながらも相手を置いてけぼりにするような勢いのある人だった。

そんなギラギラした義母が倒れたのが6年前。息子を産んだ10日後だった。

それから5年かかったが、昨年やっと義母を施設から家に迎え入れる事ができた。

義母は施設にいる間に角が削れてしまい、川底の砂金の如く、掘り返して光を当てなければ主張しない程度のギラギラ具合に変わってしまった。

私の勝手な想像でしかないが、施設にいた5年の間に色々な経験を積んで、様々な事を諦めて来たのだと思う。

それでもギラギラしている

倒れる前まで現役だった義母は、今でも現役に戻る事を諦めずに平日は毎日リバビリを受けているし、ポンコツな私たち夫婦に変わって、必要とあらば娘や息子に厳しく当たってくれている。

そんな義母があって我が家は成り立っているのだが、息子や娘にとっては「突然一緒に暮らす事になった、少し怖いおばあちゃん」だったようだ。

行儀作法から始まり、言葉遣い、身嗜みなど、私たち夫婦が忙しさにかまけて疎かにしていた日常のマナーを、義母は遠慮なく指摘するので、子供達はなかなか義母の近くに行こうとしなかった。

だが、私が義母の介助をしている事に何かを感じるようになったのか、1ヶ月程すると子供達の態度が軟化しはじめた。

私が車椅子を押して義母をトイレに連れて行けば、後を追って来てトイレを覗き、義母が外出する時は見送りに来るようになった。

ここ最近は、食事が終われば義母の歯ブラシセットを台所から持って来たり、麻痺した側の目から涙が溢れればティッシュを差し出したり、子供達が義母の身体の不自由さを通して、何かを学んだのが目に見えるようになってきた。

…と、ここまで良い感じにまとめてみたが、もちろん、今日に至るまでには様々な衝突もあったし、解決してない面倒事もある。

その中の一つに「息子の繊細な琴線を鉄のピックで掻き鳴らす義母」問題がある。

プライドがズタズタに

義母の存在に慣れ始めて来た頃、あまりにも騒がしくはしゃぐ息子と娘に対して義母が「二人ともまだ赤ちゃんだね!」と叱った事があった。

そろそろ次の学年を意識し出す時期にさりかかり、一人で着替えができたり、幼稚園の持ち物を準備できた時には「お兄さん、お姉さんになったね!」と褒めていたので、できる事が増えていた時期でもあったのだが、その日は私の制止も効かないほどの興奮状態だった。

二人ともお兄さん・お姉さんになったつもりだったのが義母に冷水を浴びせ掛けられ余程ショックだったようで、そのまま茫然としながら夫にしがみ付いて別室で就寝した。

その翌日、義母と娘はケロッとしていたのだが、息子は終始ムッとした面持ちだった。

不穏な空気を感じ取った私は息子と二人きりのタイミングで話を聞いたのだが、息子は「息子君は!お兄ちゃんなのに!!おばあちゃんに赤ちゃんって言われたのが嫌だった!だから!!おばあちゃん、悪い子!!キライ!!!!」と叫ぶと腹の底から唸り声を上げて泣いた。

今までにみた事がない異様な泣き方だった。

このまま放ってはおけないが、話ができる状態ではなく、私は息子が号泣するのを戸惑いながら抱き止めてやる事しかできなかった。

義母が鉄の女なら息子は粘度の高い火山

さらにその翌日の事。夕食が終わった息子がおもむろに義母に近寄ると「おばあちゃん、『赤ちゃん』って言われた事、覚えてるからね」とカウンターを食らわせていた。

義母は「えっ?!」と言った表情で数秒固まっていたが、なんとか持ち直し「息子君は『赤ちゃん』じゃなかったね。おばあちゃんが悪かった。ごめんね」と謝ったが、息子はそのまま勢いを緩めず「もう怒ってないけど、次からは(赤ちゃんって)言わないでね」ときっちりトドメを刺していた。

後に義母から「あの子は繊細な上に頑固だから、扱い方を間違えたらダメだ…」と言われた。また「幼いけど賢いから子供扱いはダメだ」とも言われた。私は息子の無礼を謝るしかなかった。

あの時は怖かった…

数ヶ月前まではそんな状態の義母と息子だったが、今はお互いに相手を刺激しない距離を保っている。息子は義母の前ではキチンとした態度を取ろうと努力しているし、義母は息子に余計な言葉を掛けないよう注意深く言葉を選ぼうとしている。

「2人とも仲良しです!!!」と胸を張って言えるような関係ではないが、お互いを気にし合っているのは間違いない。

息子が義母を受け入れようとしている姿や、義母が息子に折れようとしている姿勢を見ていると、2人とも年齢を超越した柔軟性を持っていて凄いなと感じてしまう。

私は身も心もゴリゴリに凝り固まってしまったアラフォーなので、2人のやり取りを見て、少しでも柔軟さを取り戻せるように、日々を送っていきたいと思う。